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ヘレン・ケラーの生家を訪ねて(後編) アメリカ人にとってのヘレン・ケラーとは

2021年10月2日土曜日

アメリカ アラバマ州 南部の歴史・文化

🍔今日のアメリカ

アメリカ南部について知る前の私だったら、せいぜいマンガレベルの知識で物見遊山に来ただけで終わったでしょう。

でもここに来てみて、ヘレンを取り巻く環境がどんなだったか、アメリカの人たちがヘレンに対して素直に畏敬の念を持っていたか、いろいろ考えさせられてしまいました。。。



NHKの記事から一部抜粋

ハーバード大学女子部を優秀な成績で卒業し、母語である英語はもちろん、外国語のフランス語、ドイツ語、古典語のラテン語、ギリシャ語をマスターし、文学、歴史、哲学の教養に通じ、ハーバード大学の俊才たちと社会問題を論じる姿は、人知を超えた存在であるかのように新聞で大々的に報じられました。





「盲ろう者なのにハーバード大を卒業し、さらにこんな先駆的な人だったなんて、さぞ地元でも尊敬されているでしょうね!」

と思ったアナタ。

アメリカを知りませんね。。。


黒人コックを離れに住まわせたこの広い邸宅に暮らし、優秀な家庭教師を付け、女子ながらボストンの大学に行かせてもらえるって、どんなに裕福で家柄の良いお嬢様であったことか!

人種差別がことさら酷かったアラバマのブラックアメリカンは、ヘレンを”努力の人”だとは思わないでしょう。。。


そもそもろくな教育を受けられなかった南部の黒人たちは、ヘレン・ケラーについてもあまり詳しく知らないそうです。三重苦の黒人だったら、、、生きていくのは難しかったでしょうね。いや、その前に、原因となった高熱で亡くなっていましたね。



ヘレン・ケラーは南部の超お嬢様だった


どんな家柄だったのかと調べてみてさらにビックリ!
南北戦争終結の15年後に生まれたヘレンさん、そんじょそこらのお嬢さんとはレベルが違いました!!!


以下、Wikipediaより抜粋編集

  • 父のアーサー・ケラーはドイツ系の地主の息子で、南北戦争当時南軍大尉
  • ヘレンの父方の祖母はイングランド系アメリカ人であり、南軍の総司令官、ロバート・E・リーと「はとこ」の関係にある。
  • 母のケイト・アダムス・ケラーもアーサーの母とおなじくイングランド系アメリカ人であり、その父(ヘレンの祖父)のチャールズ・アダムスは南軍の准将であった。

ご両親の家系がすご過ぎ。

イギリス系アメリカ人は人種階層の頂点(詳しくはこちら⇒🔗

両親共に南軍高官の家系。リー将軍って、昨今、黒人差別の象徴として彫像があちこちで取り壊されている、かつての南部白人の英雄です。

北部や黒人の前で「リー将軍の親族です」って、ドイツで「ヒットラーの家系です」って言うようなもの。

ヘレンは、南部黒人や北軍地域の人たちが最も敵視する家のお嬢、でした。


北部マサチューセッツ州から来たアイルランド系(差別される側の白人)の貧しい家庭に育ったサリバン先生も、最初はこの家で働くことに難色を示したそうです。

そこで、サリバン先生はヘレンに”いろいろなことを”教えたのでしょう。

wikipediaにこう👇あります。

(ヘレンは)広範囲な政治的関心を持って活動した女性であった。当時としては先進的な思想を持ち、男女同権論者として婦人参政権、コンドームの使用を主張した。また、人種差別反対論者であり、過酷な若年労働や死刑制度、そして第一次世界大戦の殺戮にも反対した。


こういう急進的な思想を当時の南部白人が受け入れたハズはありません。しかもハーバード大卒のインテリ障がい者女性です。。。”敬うべき南軍高官のお嬢様”ですから表向きは誉めそやしたかもしれませんが、彼女の住む世界では誰も聞く耳を持たなかったでしょう。



何が言いたいかと言うと、、、

当時のアメリカでは、「成人したヘレンを苦々しく思う人の方が多かったのではないか」ってこと。



例えるとしたら、、、



どちら側からも素直に共感されないでしょう?



『三重苦を克服し福祉活動に生涯をささげた奇跡の人』


日本でのヘレンさんに対する典型的な表現ですね。
間違ってるけど。。。😅

資料展示室に、日本語の本や日本のお土産など日本に関するものが多くありました。3度も来日されている。



労働者の権利のための戦い他、学校では学ばないヘレンケラーの功績


上記記事から一部抜粋翻訳します。

Keller has become a worldwide symbol for children to overcome any obstacle. At the U.S. Capitol, there is even a bronze statue of 7-year-old Keller at a water pump

ケラーは、子供たちがあらゆる障害を克服するための世界的なシンボルとなりました。アメリカ議会議事堂には7歳のケラーと手押しポンプの銅像があります。

Some of the reason schools don’t teach much about Keller’s adult life is because she was involved in groups that have been perceived as too radical throughout American history. 

学校がケラーの成人後について多くを教えない理由は、彼女がアメリカの歴史において急進的過ぎるとされるグループに属していたからです。

She also read Marx, and her associations with all of these far-left groups landed her on the radar of the FBI, which monitored her for ties to the Communist Party.

彼女がマルクスを読み、これら極左グループとともにあることで、FBIに共産党との関係をも監視されていた。


非常に優秀で北も南も知っている人ですから、”自分は恵まれた環境で障害を克服できた幸運な人”とわかっていたに違いない。”美談”とされるのは本意ではなかったでしょう。だからこそ、「障がい者の枠を超えて虐げられた全ての人のために活動しなくちゃ」と考えていたと思いますが、当時のアメリカで理解する人は少なかったでしょうね。。。
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